最高裁が、KDDIに「発信者情報」の開示命令
2007年、神奈川県小田原市内の私立学校(小中高)の学園長(理事長)が、2ちゃんねる(2ch)に自身について中傷する書き込みをされたとして、 プロバイダーのKDDI(東京・千代田区)に対し、権利侵害と情報開示、損害賠償支払いを求めて東京地裁に提訴しました。 3年の歳月をかけ、最高裁まで行き着き、最後は書き込んだ人物の情報開示請求が認められました。
事件の概要
情報開示に応じなかったプロバイダーを提訴
2007年1月、2ch掲示板に自身を誹謗中傷する不快用語を書き込まれたとして、 小田原市内の学校法人理事長がプロバイダー(インターネット接続業者)であるKDDIを相手どり、発信者情報の開示と賠償請求を求める裁判を起こします。
▼2ちゃんねる掲示板への問題の書き込み▼
なにこのまともなスレ 気違いはどうみてもA学長
理事長はKDDIが情報開示に応じなかったことに対し100万円の損害賠償を求めました。 注目は、発信者でも、掲示板の運営者でもなく、中継プロバイダーにどこまでの責任が問えるのか、という点でした。
裁判の経緯
過失と損害賠償が認められる(二審)
原告の訴えの内容は、「プロバイダー責任法(プロバイダー責任制限法)」4条1項に基づき、発信者情報の開示と、
裁判外において開示請求に応じなかったことにつき重大な過失(同条4項本文)があるとして、不法行為に基づく損害賠償を求めるものでした。
2008年6月、一審東京地裁判決は原告の学園長側の請求を棄却。
つづく同12月の控訴審、二審東京高裁判決は一審を返して学園長の訴えを受け、書き込まれた内容が権利侵害にあたると認め、
発信者の氏名や住所などの情報開示と損害賠償15万円の支払いをKDDIに命じます。
▼東京高裁判決理由より▼
対象となる人を特定することができる状況でその人を「気違い」であると指摘することは、
社会生活上許される限度を超えてその相手方の権利(名誉感情)を侵害するものである。
このことは、特別の専門的知識がなくとも一般の社会常識に照らして容易に判断することができる。
本件書き込みがこのような判断基準に照らして被上告人の権利を侵害するものであることは、
本件スレッドの他の書き込みの内容等を検討するまでもなく本件書き込みそれ自体から明らかである。
したがって,上告人が被上告人からの本件発信者情報の開示請求に応じなかったことについては,重大な過失がある。
上記の理由から、経由プロバイダーであるKDDIの重過失および損害賠償を認めたものです。
KDDIが最高裁で敗訴
名誉毀損におけるプロバイダー責任は「限定的」
KDDIの上告により、裁判は最高裁へと進みます。
2010年4月13日、最高裁判所での第三審。第3小法廷の田原睦夫裁判長は
「プロバイダーが賠償責任を負うのは、書き込みによって権利が侵害されたことと情報を開示する必要性が明らかな場合に限る」と、
名誉毀損事件におけるプロバイダー責任を「限定的」とする初めての判断を示しました。
最高裁はKDDIに発信者情報開示を命じる
その上で、「侮辱的な表現はあるが、具体的な根拠を示しておらず、社会通念上の許容範囲を超えたかどうか一見して明白とはいえない」と、 書き込みによって権利が明らかに侵害されたとはいえないとして理事長の損害賠償請求を退け、二審判決の損害賠償については棄却。 ただし、発信者情報の開示そのものは認める判決を下しました。
ネットによる権利侵害の補償は誰が?
最高裁判決は、プロバイダーが賠償を恐れて書き込んだ人の情報を開示する基準を下げれば、
表現の自由やプライバシーが侵害されかねないとして、プロバイダーの賠償責任の範囲を規定、明確にしたものです。
個人が匿名発信者からの中傷攻撃を逃れるためには、プロバイダーに発信者情報の開示を求めることはできますが、
権利侵害の補償までは誰もしてくれないというのが現実です。